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MTTは過小評価されているか?~ボストンへ移れば評価が変わる?~

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MTTは過小評価されているか?~ボストンへ移れば評価が変わる?~

タングルウッド音楽祭2010にオープニングから2週間出演したマイケル・ティルソン・トーマス。公演や教育面の手腕に対する現地の反響は大きく、会場ではあたかもMTTがボストン交響楽団の次期音楽監督になるかのように、うわさ話で盛り上ったもよう。

MTT: Is he the one to replace Levine? (MTTはレヴァインに取って代わるか?)という記事まで出ました。

特にボストンの人たちが反応したのは、タングルウッドのフェローやボストン交響楽団をキャリアの出発点としたティルソン・トーマスの成熟した姿が、タングルウッドやボストン交響楽団の伝統の成果そのものに感じられたという点。

タングルウッド・ミュージック・センター(教育機関)のオープニングにおけるティルソン・トーマスのスピーチが、クーセヴィツキーやバーンスタインがいた頃を想起させ、感動を呼んだ(しゃべるの得意だから)ことも、これに輪をかけたようです。

MTTはボストンに移るのか?

ボストン交響楽団の音楽監督に関してはレヴァインの動向次第ですが、ティルソン・トーマスにとってボストンは魅力があるのでしょうか?

サンフランシスコとボストンそれぞれの長所をあげてみると、

  • サンフランシスコ→ 既に築いたものがある、資金がある、観客がいる、うるさいこと言う評論家がいない、ベイエリアは新しいことを発信することにおいてシンボリックな場所である
  • ボストン→ 並みいる指揮者の系譜に名を連ねられる、伝統のサウンド、SFよりも個人技のすぐれたパートが少しあるかもしれない

合理的判断というものがあるとすれば、断然サンフランシスコでしょう。ただ、クーセヴィツキーをはじめとする受け継いできたものの価値というのは、合理的判断を超えたところにあると思うので、それがどのくらい重いのかということは本人にしかわからない。新しい環境でやってみたいというのもあるかもしれません。

そんな中、ネットに興味を惹くタイトルの記事を発見。

Is MTT underrated? (MTTは過小評価されているか?)

というもの。ブログの記事でプロフィールがなかったのですが、アメリカの音楽好きの方のよう。

内容を要約すると、15年前には“MTT”という呼び名とあの風情にふざけるなと思ったものだが、そんなトーマスが何と今では現代最高の指揮者になってしまった。今指揮者とオーケストラのコンビで名が残るようなのはMTT&SFSしかないし、サンフランシスコ交響楽団はおそらくアメリカ一のオーケストラだろう。しかもブーレーズやハイティンクに比べると、MTTは実年齢より20歳くらい若く先が30年くらいありそうな勢いで、現在も成長しているのだ。今でも現代の巨匠の名前をあげるときにトーマスは入ってこないが、彼のやっていることに目を向けるべきだ、というもの。

ボストンの人たちが今回MTTの音楽に大きく反応したのは、今のトーマスを知らなかったことが大きく(後悔したと書いている人がいました)、知らないから過小評価になる(もしくはそもそも評価対象に入ってこない)のでしょう。西海岸でいろいろやっていても届かない。

評価は変わるか?

では、ティルソン・トーマスがボストンに移れば、この状態は変化するのでしょうか?

私が思うに、アメリカのオーケストラといえばビッグ5だと思っている人は、ボストンへ移れば聴いてみようという気が起きるかもしれません。

反対にクラシック音楽に新しいことを求めない人たちには、ボストンだろうが何だろうが、MTTがMTTであり続ける限り、ご縁はない。

昔のイメージのまま止まっている人と知らないという人の場合は、演奏を聴く機会さえあれば、かなりの割合で伝わるのではないかと思います。ここでは演奏を聴く機会が問題なので、仮にボストンに移ったとしても、MTTが今のペースで仕事をしている限り、評判が広がる範囲はおのずと限られる気がします。

結局のところ、現状でも評価している人は十二分に評価していると思うので、その数をティルソン・トーマス自身がどこまで広げたいと思うかによるということなのでしょう。

 

【文中で紹介した記事】

(2010.7.26)

Tag: MTT

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